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【本】前原透著『日本陸軍用兵思想史』(1994)天狼書店

前原透著『日本陸軍用兵思想史』の紹介

 

1 本書について

前原透「日本陸軍用兵思想史ー日本陸軍における「攻防」の理論と教義」(1994)天狼書店

 

著者:前原透(1925~2014)

鹿児島県出身、陸上自衛隊勤務、陸軍航空士官学校(58期)卒、陸上自衛隊指揮幕僚課程(5期)、幹部学校戦史教官、防衛研究所戦史部所員等を経て1978年退職(陸将補)。退官後も防衛庁教官、防衛研究所所員、調査員として戦史・軍事史研究、1993年退職。著書「第二次世界大戦通史」、「日本の戦争」。部内研究資料として「マニラ防衛戦」、「兵語に見る日本の兵学と戦略」等多数

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2 要 旨

日本陸軍の用兵思想あるいは戦略・戦術思想として最も基本的なものとしては「攻撃・攻勢主義」があげられる。日本陸軍では、攻勢・攻撃以外全く考えられない状態に硬直化したが、この根源には明治末以来の典範令で、徹底的に「攻撃・攻勢」を唱道してきた結果である。この攻勢主義にはいろいろの功罪があったが、最終的には破綻を招来してしまった。

 この小著では、明治以来の日本陸軍の「用兵(戦略戦術・統帥指揮)思想」として「攻防」が、陸軍部内でどのように論じられてきたか、そして日本陸軍の「攻勢・攻撃主義」は何時から、どのように発展し、定着したのかを中心に、日本陸軍における代表的な兵書の記述、及び、各時期における主要な論文、さら(ママ)典令の制改定時における「攻防」についての論議のあとを辿ってみようとするものである。

 第一部では、諸戦争・軍事行動における「攻防の選択」「攻防それぞれを支えるもの」「攻防の実際に及ぼした体質的なもの」について概観的に記述する。

 第二部では、明治以降の軍内の兵書、論文、典令等での「攻防」に関わる理論的記述を拾い、紹介する。

 

3 目 次

はじめに

第一部 日本陸軍の「攻防」の実際

1.西南戦争

2.日清戦争

3.日露戦争

4.第一次世界大戦から志那事変勃発まで 

5.支那事変

6-1.大東亜戦争(1)

6-2.大東亜戦争(2)

 

第二部 日本陸軍の「攻防」の理論と実際

第1章 基礎的な理論など

1.「兵学・攻防」についての諸用語

2.理論と教義

3.兵学寮時代の兵書と「攻防」

4.ジョミニにおける「攻防」

5.クラウゼヴィッツにおける「攻防」

第2章 独仏兵学時代の理論

6.兵学寮版『歩兵操典』での「攻防」

7.陸軍士官学校教程などでの「攻防」

8.フランス式『歩兵操典』での「攻防」

9.陸軍大学校用本・読本など

10.メッケル著『独逸基本戦術』での「攻防」

11.陸軍大学校用本『帥兵術』について

12.『帥兵術』における「攻防」

13.ブルーメ『戦略論』における「攻防」

14.ドイツ式『歩兵操典』における「攻防」

第3章 我が国独自の兵学を目指した時代の理論と教義

15.「攻勢ヲ以テ本領」とした『国防方針』『用兵綱領』

16.我が国独特の『歩兵操典』における「攻防」

17.『戦術麓の塵』での「攻防」

18.『戦略戦術詳解』とバルク、ジックフリートの戦術書

19.ゴルツの『交戦及統帥』での「作戦」における「攻防」

20.『戦略戦術詳解』における「攻防」

第4章 大兵団時代の理論と教義

21.『統帥綱領』と『独逸高等帥兵の原則』

22.ベルンハルヂー『現今ノ戦争』での「攻防」

23.『仏国大兵団の統帥』での「攻防」

24.『統帥綱領』の成立とその「攻防」

第5章 欧州大戦に伴う理論と教義

25.欧州大戦間の「攻防」についての日本陸軍の観察

26.欧州大戦の経験による操典の改定とその「攻防」

27.「攻撃」における「包囲」の記述の変遷

28.欧州戦争叢書特号『殲滅戦』の影響

29.『戦闘綱要草案』とその「攻防」

第6章 昭和期の「攻防」の教義

30.『統帥綱領』改訂とその「攻防」

   大正10、15年改訂案、昭和3年各『統帥綱領』 記述比較

31.「共通綱領」にみる「攻防」

32.「共通綱領」での「必勝ノ信念」

33.『戦闘綱要』の「攻防」と「包囲殲滅」

34.「殲滅戦」等に対する若干の異論

35.『統帥参考書』における「攻防」

36.対ソ戦闘及び作戦構想における「攻防」

37.『作戦要務令』における「攻防」

結言

 

第三部 補論

1.明治以前の日本兵学の流れ

2.日本の用兵思想の諸特徴ないし思い込み

 

あとがき

主要参考文献

人名索引

付表「日本陸軍の典令と兵書、概見表」 

 

4 本書の結論

 本著の結論として、「日本陸軍用兵思想の諸特徴ないし思い込み」について以下のように記述している。

 1.作戦(戦略)を政略と対等ないし作戦を優先とするその位置づけ

 2.攻勢・攻撃至上主義

 3.速戦速決、先制、包囲殲滅、野戦・機動戦による会戦主義

 4.「以寡撃衆」を宿命とし、無形的戦力に過大な期待

 5.火力軽視、白兵に対する過大な期待

 6.「戦略戦術」の「原理・原則」などについての特有の理解

 7.情報・兵站に関する諸教条と思い込み

 8.日本の「兵学」の歴史を通観すると・・・

   日露戦争後に戦略戦術の固定化、教条化が進み、統帥の概念が至上のものとなっ

  た。これは世界で通用していた「兵学」の中で眺めるとかなり特殊かつ奇妙なもの

  であった。加えて、「What is war?」の理解考察に欠け、「How 

  to win?」も物的戦力及び機動力の面から徹底し得なかった。結局、日本流

  として「How to command?」に偏向していた。

 

5 本書の特徴ー「近代以降の日本陸軍の用兵思想の変遷をまとめた数少ない著作」

1 日本陸軍用兵思想史の基礎資料的著作

2 兵語用語の変遷に関する考察

3 西洋兵学思想の導入、解釈に関する考察

 

6 本書の難点

1 戦後の自衛隊の用兵思想に関する記載がない

2 陸軍に関する記述が主であり、海軍及び航空隊の用兵思想史上の研究がない

3 約25年前の著作であり最新の研究成果の反映が必要

 

7 番外編ー用兵思想家の言葉

前原透

「「専守防衛」といっても、軍事行動において「専守防衛」のみでは戦争の目的を達成できないことも当然である。

 戦いでは、常に「攻」と「防」とは互いに内在し合い、相関連して生起する。教義においても、軍備においても「攻防」の一方に偏することは、日本陸軍の轍を踏む危険がある。」

 

「全般の内容が、表題とした「用兵思想史」に十分相応しいものかどうか、となると、もとより完全とは思っていない。しかし、これまでの全く光の当たっていなかった日本陸軍の用兵思想の流れ、その思想を構成する個々の兵語・用語と代表的な教条の意味と来歴、昭和軍人の信念、通年での特徴的といえる思い込みとその来歴などにつき、つとめて原資料・原文からの引用で明らかにし、これに多少の体系的考察を試み得たと考えている。日本にはこの種の類種はなく、今後、この分野に興味を持つ人達に必須の基礎的史資料を提供していると考える。その意味において、この小著は2年や3年で忘れ去られる本にはならないだろう、との多少の自負を抱いている。」